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うさぎの森のモニュメント
養兎記念碑
福島市・信夫山公園
養兎記念碑碑文
本県の養兎は大正の始め愛玩用を兼ねて飼育
されてその後副業として普及しはじめた 県
も大正十四年に種兎七十番を県内十の養兎組
合に貸付け特に昭和初期には農村経済更生事
業の一環として全県下に普及を図り不況打開
に大きく貢献した 他方昭和八年に養兎組合
連合会が結成され種兎の組織的改良生産物の
共同出荷など一連の事業を始め昭和十四年に
は毛皮用成兎の飼育は四十八万頭をこえ年間
百万枚の毛皮出荷を記録した また昭和十七
年頃からアンゴラ兎の飼育も普及し年間一万
ポンドの兎毛を生産して全国的に優位を占め
るに至った 戦後の養兎事業は壊滅的な打撃
を受けたがいち早く立ち直り、兎毛皮兎毛及
び種兎の輸移出がさかんとなり農家所得の向
上と外貨の獲得に寄与した 県養兎組合連合
会も昭和二十八年に再発足し更に県種兎登録
協会の創立をみて本県の兎改良はさらに進み
福島の兎として再び全国にその名をうたわれ
るに至った。また昭和三十七年に県は集落養
兎事業を通じて企業的養兎の育成に努め養兎
も農業構造改善の一翼を荷う事となった 本
年は卯歳でもありここに本県養兎発展の経過
を誌し養兎振興に尽された人々の功績を永く
記念する為この碑を建立したものである
昭和三十八年四月
福島県知事 佐藤善一郎
除幕式での関係者


碑裏面・建立関係者一覧
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