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うさぎの森のモニュメント

   日本白色種「常松號」 
  福島県南会津町・会津山村道場   
​ (現・うさぎの森オートキャンプ場)

 

​   日本白色種常松號誕生

 昭和恐慌の後の疲弊した農業を救い、青

 田売りや子女の身売りなど貧困にあえぐ

 農民を救済するために、国や県は

 入を期待できる副業としてうさぎを飼育す

 ることを奨励していました。

 輸出用の服飾品や軍の防寒具としての一

 定の品質を確保するためには、全国的に

 高い品質と価値を有する兎を飼育する必

 要があり、そのためには、粗食に耐え、病

 気に強く、寒冷地でも容易に飼育できる優

 れた種兎の開発が急務となっていまし  

 た。   農林省と軍は率先して兎の品種改

 良を推て、これらの条件を備えたしか

 も大型の日本白色種の常松号が誕生しま

 した。

  この結果をうけて、福島県をはじめ日本各

 地で養兎講習会が開かれ、各地で高品質

  のうさぎの飼育が普及していきました。

  岡山県畜産史福島県農業史より)

​    うさぎの飼育の目的

昭和のうさぎの飼育は上記の経済的政治

環境の影響を受けて、家庭用のペット

としてではなく、主として次のように実用

あるいは産業用として軍と農林省によ

って奨励されていきました。全国各地で

養兎講習会が開かれ、常松號を始めと

る優れた種兎が配布されていきました。

1、毛皮・ 防寒具、服飾品など輸出や軍

         として

2、毛  ・ 防寒具、服飾品、毛織物の原

       料輸出や軍需品として

3、肉  ・ 軍需や自家用の食用として             

岡山県畜産史福島県農業史より)

常松粂治と山村道場.jpg

講師 常松粂治

常松號碑文 (●は判読が困難)

家兎ハ明治初年外国ヨリ輸入セラレタルモノヲ以テ嚆矢(こうし)トス 當時家兎は愛玩用に過ギザリシ●●●へ日露戰争当時兎毛ガ防寒用軍需品ニ●●●化セラレシノミニシテ 一盛一衰遂ニ緊●ナル発達ヲ見ザリシガ 昭和ニ至リ常松氏ハ夙(つと)に家兎飼育ノ産業的に将来性アルヲ痛感セラレ 軍用兎の改良に心血を注ギ十余年研鑽ノ結果 常松軍●一號ノ優良種ヲ得タル 時偶(たまたま)志那事変勃発スルヤ兎毛皮ハ軍用衣量資源トシテ極めて重要ナルモノトナリ 當局ノ奨勵ハ ●八洲國ヲ挙ゲテ家兎ヲ飼育スルコトトナリ  常松號ガ種兎トシテ全圀(国と同義)ニ普及シ 品種ノ改良ニ貢献セシ功績寔(まこと)ニ偉大ナリト云ウヘシ 茲(ここ)に於テ家兎ノ靈ヲ慰メ常松氏ノ功ヲ永(とこしえ)ニ傳ヘンガタメ本像ヲ建立スルモノナリ

    昭和十四年八月       

        會津山村道場長 鈴木喜七

養兎法の実際.jpg

養兎法テキスト

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